緋楽の章(1)


緋楽の章 [1]





君 暁なれ
緋の空 連綿たる時代の黎明よ
地の脈動の根源
そは暁なり
この地 妙なる楽郷となせ



*   *   *



 張りのある、艶やかな歌声が斉城の一室に広がっていた。誰の目をも引き付けずにはいられない美声に、しかし我の強さはない。彼女の旋律は豊かに楽に溶け込んでゆく。
 楽を奏するのは異国の楽士。彼らは彼女直属の楽士で、なかには敵国である朝楚人も目立つ。それは、楽を愛することで有名な彼女が、特に愛するのが朝楚の音色だったからだ。こうして同盟は破られる前は、陽香と朝楚は長く友好国であり、お互いの文化がかなり行き来がされていたので、緋楽が朝楚の楽が好きだったこと自体は奇異ではない。だが、現在においても朝楚の楽士を寵愛し続けているというのは、彼女の朝楚への恨みが深いことを知っている者にとっては不可解な話であった。尤も、彼女に言わせれば、芸術に罪はない。楽士もまた、自分たちに望外の厚遇を約束する緋楽のために働くことを厭いはしなかった。――それが本職を離れた命令であっても。
 しばし殺伐としたことを忘れ、人々はまるで穏やかな海に抱きとめられるかのように、彼女の紡ぎ出す世界に聴き入った。起伏のなだらかな、激しさのない歌でありながら、その奥深さ。
 歌い手は、陽龍が第四子・緋楽。母を泰武妃桃珠とする、齢二十一を数える第一公主である。彼女の気質は豪胆でありながら思慮深い。どこまでも女らしいというのに、脆弱さを感じさせはしない。彼女は矛盾なくその両面を合わせ持つ。妹である春陽公主とはまた違う意味で、己の感情を隠してしまうことのできる女性だった。賢明さ、というより、それは彼女の勁さであった。
 季節は初秋。夏の間に青々と茂らせた落葉樹の葉が、もうすぐ鮮やかな色に染め抜かれようとしてゆく季節。落都の日からすでに四カ月が経っていた。
「緋楽公主、お話がございます」
 歌が終わると、緋楽は楽師のひとりにそう耳打ちされた。緋楽は眉を顰めながらも頷いて、聞き入っていた人々に詫びて席を外した。彼らは緋楽が去ったことに残念そうに顔を見合わせた。緋楽は広い趣味と交友関係を持ち、彼らは楽や舞を楽しむときに呼び寄せる者たちだった。
 緋楽が楽師を伴い、部屋を出ると、部屋と部屋と繋ぐ回廊に、涼しい風が吹き込んできた。髪を乱されて緋楽が振り向くと、天は白く、纏いつく空気は澄んでいる。
 もう秋となってしまったと実感し、緋楽は時の流れの早さがなんとも物悲しかった。



 楽師が緋楽を伴ったのは、斉城の梅園。
 今は何も飾らぬむき出しの枝たちが、寒々しく生えている。恐ろしく長い樹齢を誇る枝に寄りかかるようにして、一人の男が緋楽を待っていた。
 名を洞垣堆。――筆頭楽師でありながら、緋楽の密かな腹心である。
「お久しぶりです」
 垣堆は朝楚訛りの陽香語で、緋楽に頭を下げた。
「よく、わたくしのために働いてくれました」
 緋楽は瞳を穏やかに細くすると、まず労りの言葉を掛けた。実際、どれほど言葉を尽くしても足りないほどの重い任をこの男に押し付けてしまったのだ。
 緋楽が陽香の決起を春陽に知らせるために、苦肉の策として考え出したのが、朝楚人でありながら自分に忠義をつくしてくれ、しかも楽士として天才的な腕前を持つこの男を使うことだった。この男なら不自然なく、朝楚がガクラータに送る楽士団の中に潜り込めるだろうと思ったのだ。しかしそれはこの楽士に国を裏切らせ、命の危険を冒させることとなった。
「いえ……公主への御恩に報いることができて、嬉しく思います」
 そう言いながらも、垣堆の表情は暗かった。おそらく、自分に春陽の死亡の報告をしなければならないためだろう――哀しいほど冷静に、緋楽は予想する。
 緋楽とて、その報告を聞きたくなどない。だが、逃げるわけにはいかなかった。
「垣堆。ああ、報告をして頂戴」
 緋楽の促しに、意を決したように垣堆は顔を上げた。
「公主。わたしはこれから、とてつもなく無礼な、恐れ多いことを申し上げようと存じます。どのような懲罰も受けますので……どうか、最後まで耳を傾けていただけませんか」
 垣堆の様子に尋常でないものを感じた緋楽は、頷いた。垣堆は、ひたと主人の瞳を見据えながら、慎重に言葉を紡いだ。
「貴女はあのときわたしに、もし叶うことなら春陽公主を連れ帰るよう、お命じなられた。ですが結果的に、それは叶いませんでした」
 花鳥が目の前で死んだのを見て、垣堆は公主の決意の堅さを思い知り、連れて帰ることを諦めた。仕方なく、そのまま朝楚からの献上品である楽士としてガクラータに留まっていた。公主を連れ帰ることが出来ないのなら、追っ手がかかる危険を冒してまで、いそいで陽香に帰る必要がなくなったからだ。
 ――その事実を知るまでは。
「なのに何故………何故っ!?」
「どうしました、垣堆。落ち着きなさい」
 あまりの垣堆の取り乱し方に、緋楽は驚きながらも、ただ宥める。だが、それも垣堆の叫びによって、中断する。
「何故――春陽公主はご存命なのでしょう!?」
 その言葉を聞いた直後、緋楽の記憶には一瞬の空白があった。
(春陽が………!?)
 何故。ガクラータの王族を殺して、処刑されたのではなかったのか。
 緋楽が、春陽のガクラータ脱出を祈って送り出した朝楚人の間諜は、まだ戻ってこない。それはつまり、春陽が帰国を望まず、暗殺を選んだことを意味した。暗殺が成功したか否かは知る術はなかったが、春陽がガクラータの王族を暗殺を試みたのならば、どちらにせよ処刑は免れぬはずであった。
 それなのに。
 緋楽は驚きのあまり、問い返す声はかえって抑揚のない、冷静なものとなった。
「───信の置けることなのですね?」
 垣堆は頷いた。
「公主、お聞きください。これは決して慶事ではございませぬ――懼れながら春陽公主は、敵国に与しました!」
「!?」
 流石に、緋楽は目を見開く。
 この男は、何を言おうとするのだろう。
「春陽公主は、敵国の王太子と通じました。――演戯ではなく、本当の意味で。その証拠に、公主は絶好の機会を逃した」 
 垣堆の言葉は、まるで異国語であった。訳が分らない。
 それだけは、ありえなかった。自分たち姉妹のうち誰かでも、陽香を裏切る筈がなかった。まして、心の底から吉孔明を愛していた春陽が、他の男と通じるなど!
「垣堆、落ち着いて。春陽は暗殺の機会を得られず、別の機会の狙うことにしたのかもしれません」
 垣堆は女主人の言葉に、頭を振った。
「暗殺したくても出来なかった、ですか? ですが、今でもガクラータ王太子は殺されていない。王太子は公主を寵愛している。いつでも好機はあったはずなのに」
「……」
 不審であることは確かだった。たとえ、心情がいくら否定しようとも、緋楽の中の冷静な部分が、それを訴えている。
「……確かに、私も初めはそう思ったのです。だから、春陽公主本人に問いただしました」
 だが、垣堆の縋る想いは、あっけなく否定された。
 春陽公主は、垣堆の疑惑を否定しなかった。ただ――妖しく笑っただけ。
「………」
「わたしは公主が怖じけついたのなら、それでもよいのです。春陽公主は女性なのですから。ですがわたしがっ……わたしが憤ろしく思うのは、ならば何故に花鳥と一緒に逃げなかったかということですっ!」
 垣堆はだんだん激していった。
「花鳥………ああ、春陽のお気に入りの侍女」
 戸惑いながらも緋楽は花鳥という少女のことを思い出す。年齢よりも幼く見える少女。彼女は春陽に心酔する腹心でありながら、しかし友人のように、春陽に接してくれた。そして二度と戻れないことを知りつつ、自ら望んで春陽と一緒にガクラータ王国へ渡ったのだ。花鳥は甘やかな雰囲気を持つ少女ではあるが、実際は芯は強い少女なのだろう。
「花鳥は、ひとつも公主を疑わずに死んでいった。彼女は国ではなく、春陽公主に殉じたのです。その春陽公主が役目を投げたのなら、あの娘の命は、その意味は、一体何であったというのでしょう!?」
「垣堆………」
 緋楽は垣堆の嘆きに共感しながら、しかし彼女は別のことを考えていた。
垣堆のように春陽が怖じけついたのだとは思えなかったのだ。
 緋楽は知っている。春陽が、人を殺したことがあるということを。命を狙われ、彼女は何度か手を汚した。いざとなれば、それが出来る娘だ。あるいは、暗殺の後に待つ己の死刑を恐れたとでも垣堆はいうのだろうか。だがそんなはずがない。あの娘にとって自分を殺すことは、他人を殺すこと以上に容易なはずだ。
 緋楽はまだ、知らない。春陽の変節を。そしてそのために自分の愛しい異母妹たちが争い、その絆が断絶してしまったことを。
 ただ、戸惑いつつも――兄にはまだ話せないと考えた。



 緋楽はその後、政務室に向かい、兄に春陽の生存のみを告げた。
 吉孔明は静かに佇んでいた。だがその端正な顔立ちに表情がない。
 その心中を推し量り、しばらく返事がなくとも緋楽はおとなしく待ってみることにした。じっと凝視されては話しづらかろうと、視線も逸らせて床に落とす。しかしいつまでも兄は何も言おうとしない。
「兄上……?」
 緋楽はもう一度彼の方を向いた。……そして息を呑む。
 吉孔明は泣いていた。音もなく。
 声をかけることは叶わなかった。兄の様子は譬えようもなく美しく、艶やかでさえあった。
「………生きていると。真実、春陽が生きていると……?」
「ええ」
 苦いものを嚥下しながら、平然を装って緋楽は頷く。春陽への疑惑を兄に隠すのは酷く後ろめたい――兄にはまだ話すべきではないという判断に、少しの迷いもないというのに。
「生きていると」
 他の言葉がなど存在しないかのように、吉孔明は繰り返す。
「ええ」
 緋楽も、同じように再度、頷いてみせる。ただし、それは妹が兄に向けるに相応しくない硬い声。
 しかし吉孔明はそれに気づかず、歓喜に身を浸すのみ。
 ただ、涙するのみ。



 紀丹宮を奪回するための準備は着々と進んでいた。各地の諸王も集まりだし、斉城は今や仮の皇宮と化していた。あと数日もしたら出陣することが出来るだろう。
 吉孔明は兵士たちの訓練の様子を見に行く途中であった。歩きながらこれからのことに思いを馳せる。
 ガクラータ王国がついに援軍を出してきた。だが、それは初めから覚悟していたことだった。寧ろ、思ったよりも時間が稼げて、陽香にとっては幸運であったといえる。
 ただ、疑問は残る。吉孔明は、ガクラータ王国の援軍が遅れたのは、春陽のせいだと思っていた。春陽がガクラータの王族を殺したのだと。それは彼だけではなく、春陽の決意を知っていた者全てに共通する認識だった。だが春陽は生きている。投獄されてもいないらしい。では春陽は結局何もしなかったのではないか。しかしそれではガクラータ王国の援軍が遅れた理由が説明がつかない。無論、考えてもわからぬことなので、吉孔明は早々に思考を打ち切ったが。
 ふと思いついて、吉孔明は己の手のひらを見つめた。剣や戟のために、胼胝が出来ていた。これからも絶えることはないだろう。
 陽香反乱軍の元帥は彼自身だった。やがて天子になる身で武器を持つなど、関心できることではない。父親などそのために斃れたのだし、そもそも自分が死ねば、この国は皇統が絶える。そうなれば二度と陽香の再興はありえぬこととなるだろう。
 しかし国を取り戻す戦いだからこそ、吉孔明が旗頭となり、人々に力を与えなければならなかった。民は皇帝が斃れ、頼る依り所を求めていた。父親の御駕親征の悲劇を忘れたわけではなかったが、吉孔明こそが皇帝だと民衆に知らしめる必要がどうしてもあった。皇子の名のもとに、都と皇宮・紀丹宮を取り戻す。紀丹宮を取り戻しても戦いは終わらないが、それはなにより民衆に希望と活気を与えるだろう。
 吉孔明が出兵の決断に踏み切るには時間がかかった。紀丹宮を攻めるということは、囚われの春陽の立場を危うくさせるということだから。先日、自分たちが見捨てた赫夜公主とともに。だがそれを承知の上で、吉孔明は敢えてそれを考えないようにしていた。考えたら身動きがとれなくなってしまう。そして、吉孔明は迷いを忘れるためのちょうどいい矛先を見つけていた。
 ガクラータ王国への、怒り。
 ついに、ガクラータ王国が目の前に立ちはだかって来たのだ。朝楚ではなく、ただの駐屯兵でもなく、正規軍。やっと憎むべき対象が現れたのだ。
 自分の懊悩の根源である彼の国が。
 しかも、調査させて分かったことなのだが、春陽を望み、春陽を手ごめにした男こそが、彼の国の総大将なのである。その男とはガクラータ王国王太子。
 いままで春陽を失ったと信じていた哀しみで、ずっと忘れていた怒りを、
吉孔明は今思い出していた。
 あの、絶望的なまでの怒りを。
 ────殺してやる。
 生まれて初めての凶悪な望み。
 殺してやる。レセンド=シュリアス=ベクス=ガクラータを。
「わたしは向いてはいないのだろうな」
 己の中の、息苦しいまでの憎悪を自覚して、一人彼は苦笑した。
 皇帝という器ではないのだ、きっとわたしは。
 吉孔明がそう自嘲したのは、自分が戦う理由の一番が個人的な恨みであったからだ。勿論陽香を救うために挙兵した。彼は自分の国を愛していたし、ガクラータのために民人が苦しめられるのにも耐えられない。しかし心の中を一番に占めるのは春陽のことであった。
 それは、先日妹の緋楽が指摘したように、皇帝としては失格である。今はまだ、ガクラータ王太子を屈服させたいという復讐心からの欲求と、次期皇帝としての義務との利害が一致していて、何の問題もない。しかしいつか、どちらかの立場を選ばねばならぬこととなったら、わたしは皇帝としての義務を捨ててしまうかもしれぬ。
 ガクラータ王国に勝利し、玉座で政治の采配を振るう自分というのが想像出来ない。想像出来るのはせいぜいがこの戦の終結までくらいである。だが例え向いていなくとも、わたしはその座に即かねばならぬ。何故ならわたしが唯一の皇子である故に。
「吉孔明さま」
 可憐な声に呼び止められ、吉孔明は立ち止まった。振り返る間に表情を取り繕う。
「───蓮氏」
 そう返した吉孔明の口調は穏やかそのものだった。
 四つ年下の………妻、だ。
 蓮夏姫。
 年はちょうど緋楽と同い年。年の割りに童顔で、特に美貌でもないというのに、不思議と人の目を引き付ける女性だった。それは蓮氏の性根の優しさ故だと、吉孔明は思う。淑やかで、慎み深く、無類の優しさを持つ、夏姫。
 夫として心から愛してやれぬことを、吉孔明はいつも後ろめたく思っていた。それどころか吉孔明は、異母ではあるが実の妹と関係を持ってしまっ
た。しかも夏姫はそれを知っているのだ。
 夏姫はどんなに屈辱を感じただろうか。否、そんなことを考えるような女性ではない。彼女は誰も恨まず、ただ一人で苦しんだに違いない。
 夏姫と吉孔明は、無論政略結婚だったが、嫁いだからには人並みには愛してほしいと、夏姫が密かに願っているのを、吉孔明は知っている。そんな彼女をわたしは裏切り続けている。優しい彼女には何の罪もないというのに。
「何かあったか」
 吉孔明の問いかけに夏姫は静かに首を振った。
「お姿が見えたので、つい。お忙しそうでいらっしゃるのですね」
 柔らかく夏姫は微笑んだ。
「ああ。もうすぐ紀丹宮を奪還するからな」
 そして見事、再び紀丹宮に足を踏み入れることが出来たなら、吉孔明は即位を行わねばならぬ。
 あの孤独の玉座に一人で座らねばならぬのだ。
 蓮氏は吉孔明の様子に、一瞬だけ淋しそうな表情を浮かべた。だがすぐそれを消し去る。
「では、わたくしはお邪魔しないよう、もう参りますわ」
「すまぬな」
 夏姫の背中を見送って、吉孔明もまた、歩きだした。
 やはり、過ちでしかなかったのだろうか、と吉孔明は思う。
 わたしが春陽を愛したことで、幾つものものが狂って壊れた。わたしが春陽を罪に引きずりこんだ。そして卑怯にもわたしは、今までそれを耳を塞いで気づかぬふりをし続けたのだ。だが今、わたしは決断を迫られる身となった。もし、朝楚が赫夜公主に対してやったように、ガクラータ王国が春陽を人質として使ってきたら、わたしはどうするのだろう。
 春陽が生きていると知り、わたしは涙が止まらなかった。春陽の身を保証することなど出来ぬのに、嬉しさが込み上げてどうしようもなかった。 わたしは春陽のことしか見ていない。彼女のことしか見ることが出来ぬのだ。
 この想いを消すことなど不可能だ。愛さずにはいられない。
 ───それでも、心を押さえ付けることなら出来るだろうか………?
 想いを打ち消すことは出来なくとも、それを無理やり無視することだけなら。
 何も感じない振りだけならば。
「!」
 彼はようやく気づいた。
 彼の妹もまた、そうやって苦しみを隠しているにすぎないのだということに。苦しみを超越したというふうに見えるのは、彼女の尋常なからざる忍耐ゆえであったことに。
 冷たい、と何度も思った。彼女の紡ぎ出す言葉は常に正論。しかし情の通わぬその言葉に、彼は幾度もなく反発を感じた。別に緋楽が苦しんでいないと考えていたわけではない。彼女なりに苦しみ、その選択をしたのだとは分かっていた。けれど吉孔明は、彼女の苦しみをどこか過小評価していた。自分の方がより苦しんでいるのだと、心のどこかで思っていた。
 けれどそうじゃないのだ。緋楽はきっと、自分と同じくらい苦しんでいるのだろう。けれど自分よりも勁いがゆえに、それを綺麗に隠すことが出来たのだ。わたしが苦しみに目を曇らせている間に、妹はそれだけの勁さを手に入れていたのだ。
 吉孔明は、緋楽と話したいと思った。それを自覚した今の自分なら、きっ
と緋楽と話すことで真実が見えるから。自分が愚かであることを本当の意味で知った今なら。


*   *   *



 紀丹宮の中にある春陽の自室。
 赫夜公主と会ってから五日経った日、レセンド王太子は久方ぶりに春陽の元を訪ねた。このところ、予想される陽香反乱軍の出兵に対応するため、
目の回るような忙しさだったのだ。やっと春陽との時間が持てたので、彼はまっすぐ春陽の部屋に向かった。
 何故か陽香の衣服を着用するのを拒否した春陽は、黒のショールを肩に掛けて、穏やかに陽香の書物を読んでいた。彼女はガクラータ王国を出発する前からずっと体調が優れなかったようだ。それを未だに引き擦っているのか、あまり動き回るということをしていない。
 レセンドが近寄ってきたことに気づいて、春陽は傍らの卓子に読みかけのままで書を置いた。しかしどこかその動作は鈍い。表情もあまり浮かんでいない。
 どうしたのだろうか。
 彼女はゆっくりとレセンドの方を向いた。その拍子にするりとショールが落ちる。春陽がそれに気づかず、ショールをそのままにしているので、無言で近寄った彼はそれを拾って、春陽の肩に掛けてやった。
 礼の言葉も、挨拶も春陽の唇からは零れなかった。眉も動かず、呼吸の音すら怪しいまでにひそやかだった。
 徹底的なまでの反応の薄さに、流石に不安を覚えてレセンドは春陽の名を呼んだ。春陽はそれに反応し、やっと彼女の瞳にレセンドが映る。
 黒曜石の瞳に昏い闇が沈殿していた。
 生気が、抜けている。
 ぞっとした。
「なにか?」
 ふわりと微笑んだ春陽に、王太子は春陽が自分の心の動きを自覚していないことに気がついた。
「────なんでもない」
 我に返って、彼はそう返した。彼は自分の中の不安を押しやった。哀れみも何も、自分は一切感じなかったのだと、自分に言い聞かせて心を偽る。
最後まで残っていた、春陽を労る心を彼は捨て去った。卑怯にも、己の心のために。
 こんなことで心を壊されては困る。
 レセンドはそう思った。こんなことで心を壊されては困る。これから春陽はあらゆる者の死を見ることとなるのだから。
 赫夜公主が脱走したのは残念だった、と彼は本気で口惜しく思っている。
殺すつもりであったのに。後で取り調べてみると、朝楚は赫夜公主を使って陽香に取引を持ちかけていたらしい。ガクラータ王国に無断で赫夜公主の生命の決定権を行使しただけでなく、さらに和平を交渉しようとしていたのだ。その負い目ゆえに、レセンドが何の戦略的な意味もなく赫夜を殺しても、朝楚は文句が言えないだろうと計算していたのだが。
 さて、誰が公主の脱走を手引きしたのか。一番可能性が高いのは、この紀丹宮に残った陽香人の忠義者という線か。だが、どちらでもよい。彼は赫夜公主に長くは関心を持つことが出来なかった。もう、どうでもよいことにしか思えない。春陽以外のことには。
 だから、春陽にも全てを捨てさせたい。春陽がそれを出来ないのなら、自分が全てを奪う。姉妹も、恋人も。
 その思いは狂気ではなかった。だが、正気であることがそのまま、理性的であることの証しにはならない。彼が捨てたのは正気ではなく、もともと少ない良心であった。
「全てを捨て去るのだろう?」
 レセンドは問うた。途端、春陽のぼやけていた意識が覚醒する。その鮮やかさに、声をかけたレセンドの方が狼狽したほどだ。
 思わぬ言葉の効果を知ってしまったゆえに、レセンドはこの後、春陽を現に戻すために、度々、彼女を傷つける言葉を吐き出すこととなる。己の無慈悲な行動に縛られた彼には、それ以外の方法は見い出せなかったのだ。
彼は仕方なく冷たい言葉を重ね続け、その度に身を切るような辛さを味わうことになるのだが、このときはまだ、彼はその諸刃を知らずにいた。
 だから彼は春陽の瞳に輝きが戻ったことに、ただ安堵した。
「ええ」
 彼女はレセンドの問いかけを肯定した。彼の言うとおり、全てを捨て去るしかないと彼女は悟っていた。心さえも。あの、吉孔明から貰った腕輪を捨てろと迫られたときに知った。
 目に見える物だけでなく、その心の奥の大切な場所さえも、このレセンド王太子に捧げなければならない。
 ────何故?
 反駁する自分の声があった。同情であったなら彼の側に居るだけで充分だろう。それで彼は満足すべきだ。何故わたくしが彼の為にそこまでしなければならない。わたくしは何故レセンドに執着するのか。
 どうして、かしら。
 レセンドはわたくしにとって何か。
 分からなかった。恋ではない。同情だけでもない。では何だ?
(どうして、かしらね)
 何の痛みもなく、春陽はそう自らに問う。
 己が何の痛みもなかったことの異常に気づくことすらなく。


*   *   *



 まっすぐ並んだ兜たちが、太陽のきらめきを受けて鈍く光る。
 歩兵、騎兵、戦車、さまざまな攻城兵器、穀物を運ぶ牛車、それ以外でも、さまざまな役割を負った人々と車たちが、同じ方向に向かって進んで行くさまは壮観だった。
 けして乱れない整然とした隊列。どれほどの兵士がいるのか見当もつかぬこの行進のなかで、一際目を引くのは、前方の一隊。
 馬上にあるのは、逞しく無骨な男たちと、彼らに護衛されていながら、けして守られているようには見えぬ長身の青年。青年はすでに彼らにとっての君主であった。彼らはまさしく陽香反乱軍の要。吉孔明皇子とその近衛の武官たち。
 吉孔明皇子の眼光は炯々し、顔付きは精悍。立ち振る舞いは若さに満ちて、颯爽としている。そうでありながら威厳も兼ねそろえている。だからこそ誰もが畏敬の念で彼を見る。命を預けてもよいと思う。
 吉孔明皇子は装備もまた華々しい。鎧の部品を綴る紐は、鮮やかな緋色。
兜は漆を塗ったような底光りする黒で、その頂上で揺れる房はやはり緋色。
その危険は承知の上で、敢えて彼は目立つ武装をする。
 全ては兵士を鼓舞するため。理想的な君主を装うことも、不安を知らぬように笑うことも。皇子は血を吐くような思いで演じ続ける。
 これからが本番、なのだ。
 戦いは熾烈を極めるであろう。皇子や将軍たちの悲壮なまでの決意を兵士たちは幸いにも知らない。
 吉孔明はじっとり汗が浮かんだ手で拳をつくった。
 これからわたしは戦うだけだ。
 先日の緋楽との会話を思い出す。
 覚悟を決めて訪れた兄に、緋楽は穏やかに微笑んだ。そして、陽香の再建こそが春陽の望みだと言った。春陽こそが誰よりも切に、そしてまっすぐにそれを目指していたと。夢物語ではなく、それが現実となることを何より望んでいたのだと。たとえそれで自分の命が潰えても。
 春陽は自分の命を諦めていたのか、と吉孔明は衝撃の中で問い返した。 そうだ、あの娘はどこかそういうところがあった。
 しかし緋楽は兄の言葉を厳しく否定した。
『兄上はあの娘のことを何も理解していらっしゃらない』
 思わぬ口調の鋭さに、吉孔明は緋楽をまじまじ見つめた。
『命を諦め無駄にすることと、命よりも大切なものがあることとは別のことでしょう。あの娘は自分の命を大事にしていました。生きるということを理解していました。その上で、命よりも大切なものを見い出したのです。
安易な自己犠牲と、あの娘の覚悟を同列に扱わないで下さいませ!』
 それゆえか。緋楽が陽香を守ろうとするのは。
 緋楽が大切にしているのは陽香だけではないのかもしれない。なにより陽香の再建を願う妹たちのために、その努力を無駄にせぬために。
 その緋楽のありようを、いや彼女たち姉妹のありようを吉孔明は哀しく思った。同じ炯帝陽龍の御子でありながら、その心は皇子たちのものと違う。初めから国のために自らを討たせることを考えていた皇太子・陽征。玉砕を選び、あるいはわたしを助けるために自らを投げうった生き残りの皇子たち。彼らのひとりでも、最期の瞬間まで生きる努力をしただろうか。
 汚辱に塗れても、民のために生き抜こうと。皇子全てが自らの命を少しでも惜しんでいたのなら、わたし以外にも無事生き残れた皇子はいただろう。
 そして、唯一生き残った自分はこのざま。
 それに比べ彼女たち公主はあくまで諦めることを知らない。今朝、放っていた密偵から赫夜公主が紀丹宮を脱走したという報告がきた。儚さしか印象にないあの公主が、しかし生き延びようと足掻いている。手引きしてくれる者がいたという幸運もあっただろう。しかし彼女自身の才覚がなければ難しかったことだ。緋楽が切り捨てた赫夜公主の命。けれど赫夜は自らそれを守った。そしてそのことに緋楽はどれほど救われただろう。
 彼女たちは命の重さを知るがゆえに、命を大切にする。そしていざとなればそれを捨てることが出来るほど、陽香を愛している。彼女たちの生命の重さは、自分たちのそれよりも重いのかもしれない。
 しかしそんな彼女たちのありようは厳しすぎる。哀しすぎる。
(春陽………っ!)
 もはや吉孔明は決意せざるを得ない。どれほどの迷いを抱えたままの身であっても、役目を放棄するわけにはいかない。彼女たちの姿を知った今となっては。
 わたしはガクラータ王国を倒す。君のことを振り返らず、君の命よりも陽香を大切にすることこそが、なにより君のためだというのなら。
 皇帝の座が孤独であってもいい。どれほど厳しいものであっても!
 君が陽香を愛するのなら、わたしは全力でそれを守ろう。
 たとえ勝利のすえにあるものが、君のいない玉座だけであっても!
 そうすることでしか、もうわたしは君を愛することができない。
 吉孔明は瞳を瞑った。
 もはや涙は流れない。
 この結論に達するのに、どれほど時間を無駄に費やしたことか。
 痛みや迷いを忘れるには、あとどれほどの時間が必要だろうか。
 馬の嘶きが、吉孔明の思考が現実に戻した。
 目の前を征く、兵士たち。
 秋だというのに、熱気が立ち上がった。
 吉孔明のなかに静かに滾る、怒りと絶望と哀しみに呼応するかのように。
 その末にやってくる、激しい戦いを予見するかのように。



 緋楽は櫂城の露台から兄の出陣するさまを見守っていた。
 人々が土煙とともに、まるで川の流れのように同じ方向を目指す。彼らが向かうは懐かしき故郷。紀丹宮にはわたくしたちの優しい時代の思い出が詰まっている。勝利し、再び紀丹宮へ戻ろうとも、けして返っては来ない穏やかな時間。
 いえ、これは感傷。
 緋楽は自戒した。そして出来ることなら毅然と見えるよう、背筋を伸ばし、見守り続けることを自らに科す。
 いつものように。当然のこととして。
 兄に偉そうなことを言ったが、実際戦うのは自分ではなく、兄。
 わたくしは待つだけ。祈るだけ。
 わたくしは女、だから。
 緋楽は内心、憂鬱に溜め息をついた。待つだけというのは、いつもこんなに辛い。待つことだけしか知らず、待つことには慣れたはずなのに。
 男のように育てられたなら良かった。
 ふと、そう思った。
 それは緋楽にとって初めての考えだったが、積年の思いのように、妙にしっくりとした。もしや、自覚していなかっただけで、わたくしはずっとそう思っていたのかもしれない。
 公主として、そしてそれ以前に女として育てられた。公主として生きるだけならば、完璧な教育だった。春陽のように、余計な知識を与えられず、公主として必要な教養だけを、教え込まれた。
 それゆえ、そんな自分の在り方を疑問に思うことはなかった。
 しかし、やはり完全に生まれ持った気性を鎮めることは出来なかったようだ。緋楽は女らしくもどこか豪胆で、思慮深くも英断する勇気がある。そして淑やかな仮面のなかで、いつも男たちを誹謗しているのだった。
 わたくしなら、もっと上手くやれるのに、と。
 ───いや、わたくしは別に剣を手にとりたいのではない。
 緋楽はそんな自分をよく知っている。別にそれを望んでいるわけではない。ただ、己の存在を懸けて戦う男たちのように、何かをやり抜きたいのだ。わたくしはいつも、蚊帳の外だ。守ってもらうだけ。
(なにより陽香を愛しているのは、自分も同じだというのに………)
 かつての当然を疑問に思った、それこそが彼女の目覚め。女であることに目隠しされていた本心が静かに芽吹き、人々を導くという能力が目覚めてゆく。
 緋楽は変わってゆく。誰もが変わってゆく。
 哀しさとともに、だがある種の興奮と世界の脈動を感じて。
 変わらずにはいられない。
 陽香軍は出陣した。
 さまざまな者の思いの中で、真なる戦いが始まる。国の利害と個人の感情が矛盾しながらも、しかし交じりあり、混沌とする。
 それは両国だけでなく、他の国にも動乱を起こした。
 とりあえずは二国。
 ひとつは朝楚国。
 いまひとつはランギス王国。
 陰の存在として歴史には残らなかったものの、その鍵となったのは、いずれも女性であった。


*   *   *



 背中を一筋の汗が伝った。
 わたくしの覚悟の程を見極めようとする、容赦のない瞳。
(侮られては、駄目)
 心の中で念じて、赫夜は彼らが向けてくる視線を逸らすことなく、受け止める。
 彼女が対峙するのは二人の男。どちらも壮年である。その内の一人は見覚えがあった。
「なんと豪胆な方なのですね、貴女は?」
 そう言ったのは、張功梨という名前の男の方だった。凡庸を装ってはいるが、一癖も二癖もありそうな男である。そして功梨はにやりと笑って、嘗め回すように彼女を観察した。
 ここは岨家。岨礼淨の邸宅である。
 ───あの日、赫夜は岨礼淨の手引きで紀丹宮を脱走した。礼淨自身は紀丹宮を抜け出すわけにはいかず紀丹宮に残ったのだが、彼は赫夜に充分な従者を付けたので、まず平穏な旅となった。赫夜が広絽に到着したのはつい一刻前だ。その足で岨礼淨の家に向かい、今に至る。 
 二人の男はそれぞれ、岨礼淨の父親と、その旧友であるという張功梨である。この邸宅の家主である礼淨の父親を、赫夜は一度だけ見たことがあった。朝楚女王との謁見のときだ。そのとき赫夜は女官の口から、彼が宰相であり、礼淨の父親であることを知った。名前は岨隆貴。
 彼女はたった一人で、この油断ならない革命家たちと向き合わねばならなかった。
 赫夜は礼淨から何をやらされるか全く知らされていない。陽香のためになると、それでよく信じるつもりになったなと、自分でも思う。無謀なことをしているのかもしれない。自分の軽率さをあとで後悔するかもしれない。だが、こうすることしか思いつかなかったのだ。
 張功梨が豪胆と言ったのも、このあたりのことを指してのことだろう。
 張功梨は関心したように一気に息を吐き出した。
「おそれながら、わたしは礼淨の奴とは違って、貴女の立場を利用したいとは思っていましたが、才覚など当てにはしていなかったのです。けれどそれは見込み違いというものだったようですな」
 不遜な功梨のその言葉で、どうやら自分は合格点であるのを知る。胸を撫で下ろしたいところを、寸前で堪える。
 功梨は隆貴の方を向くと言った。
「確かにお前の息子の言うとおり、この公主さまになら全てを話してもいいと俺は思うのだが、どうだろう」
 隆貴は少し躊躇し、しかし真剣な顔で頷いた。不安はあるが、彼は自分の息子の人を見る目を信用していたし、張功梨の悪運の強さを信じていた。
やるべきこと、やれることは全てやったのだ。後は流れに身を委ねることしか出来ない。
 隆貴は赫夜の方を見た。いつもはよく口出ししてくる功梨も、何も言ってこない。革命の計画の内容を話すという大役は、隆貴に任せるつもりのようだ。
「わたくどもが螺栖女王の転覆を目論んでいることは知っていますね。では、具体的にその方法は何だと思いますか?」
「わからないわ」
 赫夜はそう返しながらも、隆貴の瞳に浮かぶ危険な色に、だいたい想像がついてしまった。
「………………」
 彼女はただ黙って、隆貴の説明を聞く。
 そして隆貴が全てを語り終えると瞳を閉じた。気がつくと、二の腕が泡立っていた。
(なんと大それたことを………)
 恐れがあった。
 だが赫夜は、自分の才覚をかってくれた礼淨の期待を裏切るような真似はしなかった。礼淨は自分を捕らえた張本人であり、そのため彼女は礼淨を憎んでいた。けれど、今は不思議と彼を信頼していた。彼には偽りがなかったせいだろうか。
 彼女はまっすぐ顔を上げた。
「確かに螺栖女王から螺緤王女に王位が代われば、朝楚もガクラータ王国に手を貸すことをやめるでしょう。けれど、わたくし───陽香の公主がそれをすることによって、逆に陽香との関係が悪化する可能性もあるわ。螺緤王女がわたくしを憎んだとしたら?」
 虚言を許さぬ瞳で功梨を射る。赫夜は恐れに身を浸してはいなかった。自分がそれをすることによる両国の影響を冷静に検討する。もしそれが陽香のためとならぬのなら、赫夜は命を脅かされても女王転覆には力をかすまい。
 功梨は視線を逸らさず、受け止めた。
「わたしは螺緤殿下は、芯の部分で勁く、確固たるものを持っている方だと信じているのです。赫夜公主はどうですか」
 言われ、赫夜は螺緤のことを思い浮かべた。母親との関係に心を痛めていた彼女。愛されたいと願っていた彼女。けれど同時に彼女は、自分を次期女王として扱わない母親に苛立ちを感じてもいた。彼女のなかには間違いなく王者の血が流れ、それが彼女をつき動かしている。
「もし……いえ、そうね。螺緤王女は女王となると、朝楚と陽香との和解に尽力なさるでしょう。それを成したわたくしを恨んでも、政に私情を交えることはないでしょう。ならばどのような苦難があろうとも………」
 螺緤はまだ弱い少女だった。けれどいくらでも変わることは出来る。周りによい臣さえいれば。いや、臣がいなくても、彼女は逆行に耐えるだけの力がきっとある。そう赫夜は信じたい。
 赫夜は螺緤を疑わない。その能力も、心も、疑わない。だからこそ、功梨たちの企みに手を貸せる。身勝手な信頼だと自覚していたが。
「張功梨。螺緤王女を裏切るのなら、わたくしは許さなくてよ? それは何を以ても贖えぬ罪と心得なさい」
「十分承知しておりまする」
 表面上は冷静に受け答えしながらも、功梨は内心、舌を巻いた。なんと鋭い眼差し。堂々たる様子。一見線の細い、か弱い少女にすぎないというのに。
 功梨は、赫夜が何かするのを見たわけではない。その実力も、頭脳も、明らかになっていない。けれど、そんなものは問題ではない。確かに赫夜公主は聡明であろう。だが彼女より聡明な者は、この場にはいないが我が陣営にもいる。我々が求めるのはカリスマだ。人を知らずに導く、絶対の力。その力に触れるだけで、我々は背中を押されるだろう。新女王は歩めるだろう。
 こんな直感は知らない。これが後にも先にも最後のことだろう。勘などに全てを賭けるつもりになるなど。だが、面白い。負けると同時に自分の命が潰えるというこの戦いには、丁度いいのかもしれない。
 采は投げられたのだ。








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