断章:天への反問 (後)






       あのとき確かに夢を見ていた。
       平らかな流れを乱す夢を。



*     *     *



 淡き光が皇后館を包んでいる。
 泰桃珠の武妃館の艶やかさや華やかさとは対象的に、青春耶の住む皇后館は、勿論贅沢な造りではあったのだが、その主人の気質を反映してか淡々とした静けさに満ちており、簡素とさえ錯覚された。
 窓から入る陽光は柔らかで、優しい。
 まだ腹の膨れぬこの館の主人を目の前にして、泰氏はけして上辺だけでなく、心から祝福した。
 青氏は皇后に叙されてから九年、やっと懐妊したのだった。
 皇后たる彼女は、客観的に見れば泰武妃の敵だ。どちらも寵妃で、しかも後宮内では高位なのだ。寵を争えば、大変な騒ぎとなったであろう。しかしこの女性たちは、後宮といえば権力にしがみつく女ばかりだという、下々たちの先入観や認識を裏切り、寧ろ彼女たちは懇意にしていた。
 術数権謀が渦巻く後宮において、得難い友人を作ることはとても難しいことであったが、泰氏ほどそれを得意とした者はいない。だからこそ、誰もが敬遠しがちなこの皇后が唯一親しく口をきく者が彼女であるということに、外部の人間はともかくとして、少なくとも後宮内の女たちはさもありなんと頷いたのだ。
 泰氏は彼女の一番の魅力とするところの、華やかな笑みを浮かべた。
「お名前はもう考えになったの……あら。気が早かったかしら」
「陽春にしようかと陽龍さま───陛下が」
 堅い雰囲気で固められた青氏だが、ふと神秘的な表情を刷く。それはなんてことのない日常の一瞬にも垣間見せ、その度に泰氏の視線を釘つけにするのだった。
 青氏が口にしたのは、あきらかに男名だった。国を継ぐものしか名に冠することは許されぬ『陽』の字が入っていること。そして、それが名前の先頭に入っていることからである。もし女児に『陽』の字をつけようとするのならば先頭ではなく、末尾にするのが正式である。つまり、『陽春』ではなく、『春陽』としなければならない。もっとも、他に相応しい皇子がいるというのに、女児を皇太子にする道理もない。どちらにせよ、生まれたのが皇子ではなく公主であれば、別の名前を用意する必要がある。
「それは男君の場合ね。春の一文字を入れるなど、なんて晴れがましいことかしら。――公主だったならどうなさるの?」
 泰氏の問いかけに、しかし青氏は首を横に振った。
「陛下は、間違いなく皇子であろうから、別の名前を用意する必要はない――と」
 生まれるまで、子供の性別は何人であっても知り得ぬことのはずである。皇帝は如何にしてその確信を持つに至ったのであろうか。誰もが覚えるだろうこの疑問の答えに、しかし泰氏には心当たりがあった。
 溜め息をついて、確認する。
「───それも“夢”で?」
「そのようです。男とはっきり言われたわけではないようですが、子供に化せられた運命からして、女児ではありえぬだろうと」
 それが正しいのならば、青氏の腹の中にいる子供を勘定に入れると、これまで陽龍は三度、受胎告知の夢を見たことになる。あとの一人は、壺帛氏が生んだ赫夜公主である。
「そう――ともあれ、陛下はどんなにかお喜びになったことでしょう」
 泰氏は自分のことのように声を弾ませた。疑り深い者がこのふたりのやり取りを見れば、穏やかな会話をしながらも水面下では激しい攻防が繰り広げられているのだと、訳知り顔で言うだろうが、それは全くの誤解というものだった。
 そもそも泰氏を陽龍の妃と考えるから、ややこしくなるのだ。泰氏は、性別や君臣という壁を越えた皇帝の友人なのだ。友人が、心から愛する女性との間に子供を儲ければ、それを祝福しない者はいない。尤も、その説明を聞いたところで、すぐさま納得する者は少ないが。
「ええ………」
 珍しく歯切れの悪い青氏の返事に、泰氏はおやと思った。
「なにか問題でも………?」
「いえ、何も」
 すぐに青氏は取り繕った。もうその黒曜石の瞳からは、先程ちらりと見せた曖昧さを破片とて見いだすことはかなわない。
 この女性から本音を聞き出すことの困難さをよく知っている泰氏はすぐに諦めた。しかし、青氏が言い淀んだ理由を知ることを諦めたわけではない。青氏の口から引き出すことが出来ないのなら、当の本人に聞けばいいのだ。
 大抵のことにおいて陽龍が自分に弱いことを、泰氏は知りつくしていた。
 泰氏は陽龍より少し年上である。そのため幼いころはよく姉ぶって彼の面倒を見たものだった。なにしろ幼児期の年齢差は大きい。それが現在のふたりの関係にも影響している。
 そういえば最近、彼と会っていない。春耶のことを深く愛する彼ならば、喜び勇んですぐさま直接妾の元に、彼女が身籠ったことを報告しにくるようなものだが。



 思い立った日が吉日ということで、五妃の務めであるご機嫌伺いを兼ねて、彼女はその日の夕食前、早速皇帝の元を訪ねた。
 目通りが叶い、扉の奥にいた幼馴染を一目見た瞬間、愕然とした。
「考龍!? どうし───っ」
 泰氏は動揺のあまり、つい昔のように呼びかけてから、はっとそれに気づき訂正した。
「陛下。どうなさったというのです」
 陽龍はしばらく見ないうちに随分と窶れていた。
 彼女の問いかけに陽龍は緩慢な動きで振り返った。
 淀んだ瞳。
 常のような何もかもを射ぬくような眼差しではない。
「おかしなことを言うな、桃珠。わたしがどうかしたか」
 見え透いたことを言う陽龍に泰氏は腹を立てた。
「そのようなことは一度、ご自分の姿見を見てからおっしゃってくださいませ。ひどい顔色をしていらっ──」
「───桃珠」
 陽龍は感情の籠もらぬ声で、呼びかけた。
 泰氏は不自然なその声音に、無意識に身構えた。
「なんでございましょうか」
 問いは恐る恐るといっても差し支えない。嫌な感じが全身に彼女の身体に広がっていた。
 その答えは乾いた声で為された。
「余は、絶望を視た」
 幽い言葉に、彼女は縛られた。
 それは“夢”の話であろうか。この陽龍に絶望とまで言わしめる夢とはどのようなものであろう。
「陛下。それは何に………」
 若き皇帝の淀んだ瞳は、救いを求めて蠢いた。
 誰が今の陽龍を、数多の移民族とこの国を統べる皇帝だと気づくか。
「青氏の子に」
「滅多なことを!」
 はっとするのと同時に声をあげ、そして泰氏は触れるほどに陽龍に迫り、その襟を掴んだ。
 震えのせいで指が力を上手く込められない。
「如何なる理由でそれを口になさるのですっ」
「余はっ───。いや、言えぬ」
 一度は口を開きかけたのを、しかし陽龍はそれをすんでのところで耐えた。そして泰氏の存在ゆえに精神のたがが外れた己を嘲った。
「余がこの国の皇帝である以上、お前には明かせぬ。いや、余が只人であったとしても、お前には明さぬであろう」
 愚かなことをするところであった。
 覆せぬ予言など、呪縛と同義の運命など、気休めを求めて明かしたところで、自分だけではなく彼女をも絶望させるだけだ。
 運命。
 全ての物事が予め定められているなど、何故余は知ってしまった。
 定められている通りに動くしかないのならば、生きている意味など何処にあるのか。
 完全に言葉を封じてしまった陽龍に、泰氏は悔しくて仕方がなかった。どんな内容でもいい。相談してほしかった。妾は陽龍が守らぬばならぬ妃子や民ではなく、友なのだから。それとも、いくら幼馴染とはいえ、女では純粋に心の支えになる友にはなり得ぬのだろうか。
「陛下………いえ、陽龍さま」
「何だ」
 せめて、彼の心に届けばと言葉を紡ぐ。
 出来ることは、ただこれだけなのだから。
「希望を、失わないでくださいまし」
 泰氏の言葉に、陽龍は自分の胸中の言葉を見透かされたかのように動揺し、その言葉をもう一度、準えた。
 一筋の希望。
 夢のなかで、かの人は言った。
 陽香は必ず滅びるが、あの子の運命までは定まっていないと。あの子は国を再興させるか、更に滅ぼし尽くすか、どちらかになる。
(青氏………)
 ふたつの相反する予言を受けて生まれる我が子。余たちの子供は、希望であると同時に、絶望である。あるかなしかの希望を持ち続けることは、絶望して早々に諦めることよりも苦しいことなのかもしれない。
 ああ、けれど。
「そうだな………桃珠」
 それでも再興という一筋の光ゆえに、絶望の可能性を知ってさえ余は、冀ずにはいられないのだ。
 その日の夜、陽龍は結局泰氏と過ごした。
 身体を重ねるでもなく、何を語るわけでもなく、夜のしじまに任せて言葉なく身を寄せ合い、眠りを迎えるだけの時間が流れた。陽龍は夢の訪いを拒むかのように、眠ろうとはしなかった。同じ閨の中で、身じろぎもせず一点を見詰める陽龍の頭を、泰氏は腕で包み込むようにして抱く。
「陛下の苦しみが夢ゆえのことと知っている身では、全てを忘れお眠りくださいと申し上げることもできませぬが………。玉体の障りが心配ございますれば、どうか」
「ふたりのときぐらい、昔のように話せと言っているであろう?」
 泰氏の言葉には答えず、陽龍はそう軽く咎めた。
「───ならば陽龍さま。お体に障るといけませんので、どうかお眠りください」
 いくぶん親しげに口調を緩めたが、それでもかつてのように考龍と呼び捨てにすることはしない。いくら本人から許されているとはいえ、天子に対する最低限度の礼節を崩すわけにはいかないのだ。
 誰に対する建前でもなく、妾が身体の芯まで貴族の娘だからなのかもしれない。───泰氏は憂鬱にそう考える。
 妾のことを相も変わらず『泰氏』ではなく『桃珠』と呼び続ける陽龍は、同じように妾にも自分を『考龍』と呼ばれることを望んでいる。それを知っておきながら、しかも彼の友でありたいと願っているにも関わらず、しかしけして妾はその望みに応えはしないのだ。
 その矛盾は、妾自身の身勝手さが齎したもの。泰氏はそのような己の気性に嫌悪すら抱いた。自分のような存在ゆえに、皇帝たる彼は孤独になるのだろう。
 陽龍は諦めたような、哀しい苦笑を浮かべた。
 この年上の女は、世間の淑女たちとは違い、豪胆で明るい。つんと澄ますのではなく、勿論上品にではあるが人前で口を明けて笑って恥じない。優しく、包容力があり、およそ淑女らしからぬ現実主義者であり──けれどその彼女さえも、やはりどうしようもなく上流階級の女であり、その呪縛から解き放たれることはないのである。
「眠る前にあと少しだけ、余と………わたしと話をしてくれ」
 低く、囁くかのごとく小声で皇帝は言った。
 時折わたしを襲う、考龍に戻りたいという切望を叶えることのできる存在は、桃珠自身がどう思おうと、彼女しかいないのである。
 彼女はこの望みに応じず、わたしを陽龍と呼び続けるが、しかし彼女は少なくともわたしを友として扱ってくれる。そうである限りまだわたしは、わたしの中の考龍を見つけることが出来るのだ。
 泣きたくなるのはいつものこと。
 陽龍の哀しみに気づくたび、妾はこの衝動に襲われる。
 泰氏は陽龍から視線を逸らし、瞳を伏せた。
「貴方の望む通りに」



*     *     *



      夢を見ていた。
      血の予感とともにまだ見ぬ公主がいた。


 背中に毒の鏃が突き立てられ、あえなく落馬した陽龍は、引き換えせぬ午睡みに身を委ねるつつあった。意識が白濁してゆくのを、止めることが出来ない。あれほど愛した青氏の姿も、もはや曖昧になっていく。現と幻の境目が消えてゆき、今、余はただひたすら夢を紡ぐ。
 ――吾が紡ぐ夢はすべからず運命の片鱗なり。
 ならば、これも。


      公主は一度だけ微笑み、一粒だけ涙を零す。
      そしてこちらに向かって歩いてくる。
      ───余に、抱き着く
      血の匂いが………。
      絡み付く美しい髪から、
      廻された細い腕から、
      拭いされぬ禍々しき香り。
      この胸に収まる身体はか弱いものであるのに。


 死の瞬間、夢は再生する。これは戴冠式の前夜に見た夢と同じものだと、彼は分かっていた。
 “陽龍”の誕生と今際を縁取る、赤き夢――何故、今まで忘れていたのであろうか。
 公主。
(───ああ、ならば動乱の子は春陽だけではなかったのだ)
 末の娘だけではない。けっして。
 春陽はただ、鍵であった。動乱の始まりの。
 目の前の公主は春陽であり緋楽だ。緋楽であり赫夜だ。
 あまりに酷似し、あまりに異なる魂を持つ、動乱の娘たち。
 それぞれは花を咲かせるだろう。
 あるときは高潔な、またあるときは不吉な、天を廻して咲き誇る。
 (天帝は余に真実を与えたもうたのか)
 死にゆく余に。
 流れに加わることは出来ず、また、そうとは知らずに、花音の夢を紡ぎ続けていただけの余に。
 彼は二度と醒めぬ夢に、身を委ねる。
 その骸とともに陽香は滅び、陽呼が興る。
 さながらそれは、花が枯れ、新たな芽が萌えるかのように。
 そしてまた、花は咲くのだ。



*     *     *



「最後にお聞きしてよろしいでしょうか」
 項に良い香りをつけた泰氏が、不思議な瞳で青皇后春耶に問うた。
 四十を越えた女のものとは思えぬ、瑞々しい張りのある声で綴られたのは、武妃から皇后へではなく、考龍の友人からその想い人へ向けた質問だった。
「貴女は何故、考龍の側に居らっしゃったの?」
 自分が何故そのようなことを聞こうとするのか、桃珠自身にも分からなかった。
 国は傾く。
 皇帝が崩じた。
 今このとき、話すべきことは他にもありそうなものなのに。
 問われた方の春耶は、しばし思案するように視線を巡らした後、まるで見果てぬ夢を追うかのような眼差しで、空中の一点を見つめたまま答えを返した。彼女がそのような瞳をしたのを桃珠は初めて見た。記憶の中の春耶はいつも、希望も絶望もない平坦な瞳をしていたように思う。感情の起伏が乏しく、ときに人ではないかのように神性を帯びた眼差しをする彼女は、泰氏にとっては稀人も同様だった。
「陛下は………陽龍さまはいつも、天命から逃れようとなさっていた。天命を与えられる身でありながら」
「ええ」
 確かに考龍はいつも天命に抗おうとしていた。強靭な精神力で戦い続けていた彼も、ときに疲れ果て、諦めという名前の沼に浸かろうとした。そんな彼に、けしてお諦めなさいますなと桃珠は言い続けていたのだ。
(けれど、もう何もかもを諦め、楽になっておしまいなさいと、何度妾は心の中でそう言ったことだろう)
 今は過去となった胸の痛みに桃珠は想いを馳せたが、しかし春耶の心の裡は彼女とは違った。
 わたくしは、必ずしも陽龍さまと同じ苦悩を抱いていた訳ではないのです、と春耶は語り始めた。
「わたくしは、己に訪れる運命から逃れようとしたことなどございませぬ。わたくしの運命はただひとつ。陽龍さまと共に生きること。それが逃れ得ぬ運命なのだということに、わたくしは寧ろ倖せでありました」
 陽香の滅びという、陽龍の運命──それはけして春耶に科された運命ではなく──の道連れとなることさえ。
 桃珠は困惑した。
「何故」
 春耶は思い浮かべる。
 陽龍の側にあったこと──皇后に望まれ、そのために術数権謀渦巻く後宮の戦いに身を投じたこと。生まれた子供の上に、彼と同じく重い運命が科せられていたこと。嘆き苦しんだ彼が、それをわたくしにも共有してほしいと、狂おしく絶望し続けたこと。そして、それでも最後の別れのとき、彼が微笑んだこと──悲しみも喜びも、なべてそれらは春耶の倖せであった。
「理由が必要でしょうか」
 そうして浮かべた微笑みは仄かだった。けれど、そのときほど人間的な表情をする春耶を、桃珠はこれまで見たことはなかった。
「………いいえ」
 だからこそ、桃珠は無条件に春耶の言葉を受け入れる。
 妾と同様、彼女が陽龍の側にいたのは恋愛感情ではなかった。けれど、彼女は伴侶として、半身として、本当に陽龍を愛していたのだ。それはけして尋常の結び付きではなかったにしろ。
「わたくしもお尋ねしてよろしいでしょうか」
 瞳と閉じて、今度は春耶が問うた。彼女の心はすでに、最期の準備を終えているようだった。
「なんなりと」
 そう頷いた途端、桃珠の見る世界は急に現実味を帯びた。何もかもが終わるのだ。きっと、この問いに答えた後に。
 口を開いた春耶は瞳を閉じたままけして開かず、
「何故あなたは刃を手に?」
 それを問われるとは思っていなかった桃珠は、苦笑した。
「妾が陽龍さまに殉じることはそれほど奇妙かしら」
「それは妻がすること。あなたは友とおっしゃいました」
 自分こそ、純粋な恋愛感情で陽龍を愛していたわけではないだろうに。けれど、彼女が陽龍の側にいた理由が自分に分からぬように、彼女がそれを分からぬとも不思議ではないのかもしれない。
 理由は必要ではないといった春耶と同じように、桃珠は簡潔に返した。
「───絆ゆえ、ではないかと思われます」
 説明はそれだけでことたりた。
 絆。それ以外の何の理由があろうや。
 春耶は相槌さえ打たなかった。
 沈黙が続いた。
 未練は全て清算できた。
 もう何もかもを終えたと思った桃珠は、しかしふと口にすべき言葉を思い出した。
 もう未来はないはずの自分であったが、ただひとつ、果たそうとする未来への望みがあるのだ。
「妾は夢を見たいのです。陛下、いいえ、考龍と同じ夢を」
 生あるうちは、夢はおろか現さえも、共に分け合うことの出来なかった妾たち。
 だからこそ、同じ墓で永遠に眠り、同じ夢を共有しましょう。
 花音の報せだけでなく、咲き誇るさままで夢見ましょう。
「予知の夢を?」
「いいえ………国が新しく生まれる夢を」
 考龍。あなたは倖せでしたか。
 けして回避できぬ滅びの夢を与えられた人生であったけれど。
 希望もあるとあなたは言った。
 それゆえに苦しめど、足掻くのだと。


 今際のときに、春耶は満ち足りたかのように優しく微笑んだ。それを見詰めていた桃珠は、不思議と哀しい気持ちにはならなかった。
 そして自身もまた後を追う。



*     *     *



「見事に殉じられました」
 そう低く告げた文官の言葉に泣く者はいなかった。
 この場にいるのは緋楽と春陽の両公主だけである。同じく殉じた母を持つ皇太子・陽征や吉孔明皇子は出陣したきり戻らない。
 国の何もかもが終わろうとしている。
 しかし薄情とさえ見える程に彼女たちは凛然と、立っていた。
 彼女たちにとっては、このときこそが始まりであった。
 永きにわたった皇帝とその妃たちの苦悶は、彼らが解放されると同時に、そのままその子供たちが我が身のものとすることになる。
 夢を紡ぐ者。夢を受け入れる者。夢に逆らわぬ者。夢から自由である者。
 そして夢と夢の狭間を見事に彩なす者たち。
 彼らは天に問う───何故に。



*     *     *



       咲き()めた花は吾らの希望
       無力な吾らは僅かな光に縋り
       血を強いられる。
       
       何故に君は。

       問わぬ者はいぬ。
       抗わずにいれば、まだしも救いはあるというのに。
       ()に花は映り、吾は。

       何故に君は、花を咲かせた。

       その道、険阻と知りつつも
       花在れば
       足掻かずにはいられぬ吾らを知りながら。


       ────何故に。








(断章:天への反問・了)








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